川崎宿からスタート
といっても前回も川崎宿まで書いていたので、西端の八丁畷近くにある芭蕉の句碑からスタートです。


「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」というこの句は松尾芭蕉が江戸から帰る際に別れを惜しんで詠んだ句となっており、関東で読まれた最後の句となっています。

左隣にたくさんのお花が添えられた地蔵がいました。
左に顔を向けると、そこにはもう八丁畷駅があります。

畷という言葉をこれまで知らなかったのですが、田んぼの中にあるまっすぐな道のことを言うそうで、川崎宿から現在の鶴見にある市場村までにそういった道があることから八丁畷という地名ができたそうです。ちなみに八丁は長さのことで、870メートルほどです。
梅屋敷もそうですが、駅名としては残っているけど地名としては今はもうないっていうの不思議ですよね。
JRの駅は地名がそのまま入っていることが多く、私鉄だからなのか、作られた時期がそうさせているからなのかはわかりませんがその土地の歴史に興味を持つにはいいことだなと思いながら見てます。



旧東海道を道なりに進んでいくと、横浜熊野神社に辿り着きました。

なんだか荒野のようになっていて管理されている神社なのかと目を疑うような光景でしたが、ホームページなども更新されていました。
753.jpとかいうよく取れたなというより、情報量足りなくない?って言いたくなるようなドメインで運営されています。





熊野神社を後にして、また道なりに進んでいくと市場の一里塚という場所に辿り着きました。


市場という名前の通り昔はこの辺で海産物の市場があったようです。
日本橋近辺を歩いてた時にもそうでしたが、それだけ昔の物流が川に頼っていたことがわかります。

寄ったものの本堂はじっくり見ておらず、近距離に留まったカラスを撮っていました。


焦点距離50mmでもこんなに大きく取れるほど近くに止まってくれました。
金剛寺から通りに戻り、この日二つ目の橋を渡ります。


電車で何度も渡っていたはずなのに、これまで意識していなかった川です。


鶴見橋の石碑とここにあった関門跡の石碑です。
横浜にいる外国人保護という観点で設置された関門があったようです。
詳しくはこの横に設置された看板で読むことができます。

鶴見図書館前にありました。
「旅立ち」という作品のようです。

箱根駅伝の1区と同じ鶴見まできたぞという気分になっていたのですが、箱根駅伝の鶴見中継所というのは鶴見川を渡る前にあるので一歩先に進んでいました。
この距離1時間ちょっとで走り抜けるとか全くもって意味わかりませんが、一歩一歩歩いていこうと思います。
おわりに
今日は久しぶりに涼しかったのでエアコンの温度を下げたりしていたのですが、明日からはまた気温が戻ってきてしまうようですね・・・
散歩日和というのはなかなかないものですね。