江戸時代における飛騨国の役所
江戸時代の前期は金森氏の統治下であった飛騨国でしたが、中期に入り幕府の直轄領となりました。
その際に最終的に統治の拠点として選ばれたのが、高山陣屋です。

元々は金森家の下屋敷だった建物に高山城から米蔵が移転してきて、今の姿になっています。
今の姿のままでずっと来たわけではなく、江戸時代が終わってからも昭和後期まで県事務所として利用されてきました。
その役目を終え、平成に入ってから江戸時代の再現をするプロジェクトによって、今の姿になりました。

何だこの下手な写真と見直して思ったのですが、上に黒字で高山陣屋と書いてあるのが写真だと見にくいからですね・・・
高山陣屋の中へ
大人一人だと入場料は440円です。
前で受付してた人がスウェーデン人の観光客向けにガイドをしている人で、そんなところから渋いチョイスだなと密かに思っていました。(あと英語だったので、解説をここでも盗み聞きしていました)
ただ、高山陣屋はちゃんと解説があるので基本的に見て回るだけでたくさんのことを知ることができました。

高山にあるから高山陣屋といいますが、高山以外にも陣屋はたくさんありました。
ただ、現在も残っている陣屋はここ高山陣屋だけです。


身分によって使う部屋の名前が違います。
わかりやすい違いとしては使われている畳がそうです。


釘を隠すために正面を向いた兎の釘隠しが使われており、高山陣屋では至るところで見ることができます。

漢文っぽい掛け軸よりはデザインがあるので見てて楽しいのですが、学がないので何書いてあるかまるでわからないです。

絵馬と言ってしまうと神社にある絵馬を想像されてしまう気がしますが、どこかの絵馬殿でも同じものを見たので絵馬と呼ぶのが正しいのでしょうね。
高山陣屋以外でも同様のものを見ることができるので、高山に行かれた人は是非探してみてください。

江戸時代と言われるともっと古い感じじゃないのかと想像してしまいましたが、この建物が昭和後期まで使われているので、実態とあっているものなのでしょうか。



美しいお庭があります。
この日の朝は長袖1枚でも寒いくらいだったので、縁側で浴びる日光がとても気持ちよかったです。


ここで取り調べが行われたり、判決が言い渡されたそうです。
この籠に入れられたら腰がおかしくなってしまいそうですが、江戸時代の犯罪者の扱いなんてこんなものですよね。
全体的にですが、身分の差によって部屋や入口が別れていて厳しかったということが伺えました。

お屋敷を抜けて、資料館になっている御蔵に入ります。

ひだでは銀や銅が特産品として知られていたことが読み取れます。

正面玄関の棟飾として使われていましたが、復元の際の屋根の葺き替えに伴い取り外されました。


この御蔵の役割は徴収した年貢を保管しておくことです。
そのため、そのことについても展示がされていました。
現存する江戸時代の米蔵としては、最古であり最大級のものです。

手前の出っ張っている部分が御白州で、奥の人がいる部分が玄関です。
おわりに
たまたま近寄ったから入ってみたのですが、歴史的に大変価値のある貴重な施設でした。
ノープランでも結果的に行けたのでいいのですが、こういうスポットを見逃す可能性があるのというのは考えものですね。
というわけでピックアップ第5回高山陣屋でした。
岐阜・高山旅行はいった場所が多すぎて、書きたいことが山程あります。でも写真の選別があまりにも大変です・・・
それではまた。